ごえんさんエキスポ2026 恋バナ縁日
- 担当範囲
- 企画 / コンセプト開発 / コピーライティング / ディレクション
- 公開日
- 2026/03/14
- クライアント
- 真宗教団連合
お坊さんになに話したらいいのかわからない
浄土真宗の宗派を超えた僧侶の祭典「ごえんさんエキスポ2026」のメインコンテンツとして、恋の悩みを抱える若者が僧侶と気軽に恋バナできる縁日型イベント「恋バナ縁日 〜モヤモヤがほどける恋愛僧談フェス〜」の企画・コンセプト開発・コピーライティングを担当しました。

会場は東本願寺前の市民緑地「お東さん広場」。2日間で全国から約50名の僧侶が集まり、8つの体験コンテンツとステージパフォーマンスを展開。恋愛僧談喫茶、失恋説法展、写経風体験ブース、未練削除堂など、仏教の教えを”恋バナ”というフォーマットに変換した体験コンテンツを提供しました。
コンセプト
若者に「仏教」は必要なのか?
ごえんさんエキスポは、仏教やお寺に関心がない層と「ご縁」をつなぐことを目的とした祭典です。2017年に西本願寺で初開催され、教団・宗派の垣根を越えた僧侶の集まりとして続いてきましたが、これまで明確なコンセプトが定められないまま開催されてきた経緯がありました。
最初のヒアリングで印象的だったのは「若い人に来てもらいたいが、仏教イベントと打ち出すとそもそも来ない」という課題です。実際、調査データでは若年層の半数近くが仏教に「特に魅力を感じない」「印象がない」と回答しており、連想されるワードは「胡散臭い」「怖い」「マインドコントロール」。ストレートに仏教を語っても、入口で拒否されてしまう。

では、なぜ若者は仏教に関心を持たないのか。ひとつの仮説として、かつて宗教が担っていた”心の拠り所”としての役割を、今はエンタメやSNSが代替していることが挙げられます。NetflixやYouTubeで手軽に良質なコンテンツを楽しみ、K-POPやアイドルの推し活が感情の受け止め先となっており、エンタメが心の安全弁として機能している以上、わざわざ仏教に頼る理由がないのかもしれません。
では、エンタメが心の安全弁として機能しているなら、仏教は不要なのか。そうではありません。仏教が提供できる価値は「励まし」ではなく「苦しみの構造を観察する力」です。エンタメが活力を与えて苦しみを”乗り越える”ものだとすれば、仏教は苦しみの根源を理解し”明(あき)らめる”もの。
浄土真宗における「あきらめる」は「投げ出す」ことではなく「明らかにする」こと、つまり物事の本質を見つめることを意味します。この「明らめる」というアプローチこそ、仏教ならではの強みです。

そこで推し活などのエンタメでは解消しきれない苦しみに対して、もうひとつの入口。いわば”セカンドオピニオン”としての役割を仏教が果たせるのではないかと考えて、苦しみを「解決すべき問題」ではなく「明らかにできるもの」として体験できるイベントを設計することにしました。
友人にも家族にも話せない恋バナ、僧侶に聞こう。
テーマ選定にあたっては、就活、人間関係、将来への不安など「若者が抱える苦しみ」を複数検討し、その中で最も感情的な強度が高く、かつ仏教的アプローチとの相性が良いテーマとして「恋愛」を選びました。
実際、多くの若者が「恋愛相談できる相手がいない」と悩んでいるとの調査結果もあり、利害関係のない第三者であるお坊さんだからこそ恋の悩みを打ち明けられると考え、生まれたのが「お坊さんと気軽に恋バナできるイベント」というフォーマットです。

コンセプトは「お坊さんと、恋をはなそう。」です。「はなそう」には、恋を”話す”ことと、恋との距離を”離す”ことの二つの意味を込めました。
恋を言葉にして”話す”ことは、自分の中にある感情を外に出して”離す”こと。それは自分ごとから少し距離を置いて客観視できるものであり、その視点の転換そのものが仏教的だと考えました。

恋愛体験ブース
「恋バナ縁日」では8つのコンテンツを展開。それぞれが異なる角度から恋愛と仏教を接続しています。ブース名はすべて造語・俗語調にし、寺院や仏教のフォーマルな語感を意図的に崩しました。

① 恋愛僧談喫茶
励ましも否定もしない、お坊さんと恋を話せるカフェスペース。受付では僧侶のプロフィールをメニュー風に掲示し、来場者が「この人に話してみたい」と思える相談相手を自分で選べる仕組みです。
個人で来られる方もいれば複数人でいらっしゃる方もいて、一時は僧侶が足りず別ブースから派遣する場面もありました。



② 失恋説法展
10名の僧侶による失恋体験をパネル展示。ありのままの失恋エピソードと、そこから得た仏教的な気づきを言葉にしています。
聖人君主で「えらい人」というイメージがある僧侶自身の失恋話を開示することで敷居を下げ、僧侶も自分と同じように恋に苦しんできた人だと伝えることで、仏教に関心を持ってもらう入り口として機能させました。

元々は「都合よく面白い失恋話なんてあるかな…」と心配していましたが、蓋を開ければ純愛的な話だけでなく、不倫や浮気、さらにはロマンス詐欺といったハードな内容まで多岐に渡り、エピソード展示としてもかなり興味深い内容に仕上がりました。


③ リアルアフロ仏
五劫思惟阿弥陀仏に扮した僧侶が台座の上に鎮座。アフロかつらを被り、後光パネルを背景に、仏像に話しかける感覚で気軽に恋の悩みを吐き出せるブースです。
五劫思惟とは、長い時間考え続けた仏の姿。恋に悩み続けること自体を否定せず、「思惟のプロセス」として肯定する。人ではなく”仏像”に話しかけるという設定が、心理的ハードルを下げるポイントでもあります。



④ 写キュン堂
浄土真宗の教えを超現代語訳した「恋の格言」約20種類の中から好きなものを選び、僧侶の解説を聞きながら筆で書き写す“写経風体験”です。
教えを「読む」のではなく「書く」ことで身体に入れるという写経本来の意味を活かしつつ、最後は「栞」にすることができ、教え自体を読み返す機会ごと持ち帰ることができる設計にしました。


| 対象者 | 名言 | 解説 |
|---|---|---|
| 片思いで報われない人 | 表情や絵文字ひとつで一喜一憂するなんて、片想いでしか味わえない。 | 片思いの苦しさは、同時に「誰かを想う力」が働いている証でもあります。仏教では、感情の揺れもまた今この瞬間にしかない尊い働きとして受け止めます。報われるかどうかよりも、誰かを想って揺れている自分のいのちの躍動を大切にしてみてください。 |
| 失恋直後で荒れている人 | 失恋して辛いのは、大切なご縁だった証。 | 仏教では「縁」によって人と人は出会いもし、別れもすると考えます。別れの痛みは、決して失敗の証ではなく、それだけ深い繋がりだったことを示すものです。無理に前向きになる必要はありません。悲しみそのものを味わうなかで、出会えたことを見つめ直すことができるでしょう。 |
| 未練が残っている人 | 仏じゃあるまいし、未練なんて残って当然。 | 人は執着を持つ存在であり、すぐに気持ちを手放せないのが自然な姿です。仏教では、無理に感情を消そうとするのではなく、その心の動きに気づきながら生きていくことを大切にします。未練がある自分を無視するのではなく、人間らしさとして受け止めてみてください。 |
| 復縁したい人 | 「復縁」なんて出来ません。今のあなたと今のあの人は、初めて出会うんだから。 | 仏教の無常の見方では、同じように見えて、あの人もあなたもその関係も同じままではありません。常に二人とも変わり続けている存在。だからこそ「元に戻る」のではなく、今の自分と今の相手が、新しく出会い直すのです。 |
| 恋が実って浮かれている人 | 好きだからって相手を見るのもほどほどに、悪いところも見えるから。 | 仏教では求めるものを得ることができない(四苦八苦の一つ、求不得苦)と説きます。恋をすると相手への期待値が高くなってしまい、やがて欠点ばかりが目につき、自分の想いに応えてもらえていないと不満がたまるもの。お互いを見るばかりではなく、二人が同じ景色を見て共に歩める関係を目指してください。 |
| 相手に依存している人 | その恋であなたの人生まで差し出さなくていい。 | 執着は仏教で煩悩の一つに数えられ、苦しみの原因と考えられています。誰かを大切に思うことと、自分を傷つけてまで相手に尽くすことは、全く別ものです。どんなに好きな相手でも、あなたのすべてを差し出してはいけません。まず自分自身の人生を一歩踏み出した上で、誰かを愛しましょう。 |
| 相手に依存している人 | 必要とされていても、愛されていないことがある。 | 人に頼られることは嬉しく感じるものですが、それが愛されている証とは限りません。あなたの好意を利用して、身勝手な要求ばかりされてはいないでしょうか。仏教では、相手を所有するような関係は執着を強めると考えます。相手を本当に大切にするとは、互いが自立した存在として認め合う姿勢です。 |
| 自分に自信がない人 | 当たって砕けなくていい。でも当たっただけで砕けるほど、あなたは弱いとも思わない。 | よく「当たって砕けろ」と言いますが、無理に行動することだけが正解とは限りません。今踏み出さないという選択も、大切なあなたの決断です。仏教では、人の心は波のように揺れ動くものだと考えます。後ろ向きのときもあれば、前を向けるときもある。だからまだ起こってもいない未来を考え不安になるのではなく、いまのあなたの心の揺れに任せて素直に動いてみることが大切です。 |
| 出会いがない人 | 出会いがないと嘆く顔が、出会いを遠ざけている。 | 仏教は原因があって結果が生じるという因果の法則を基本とします。出会いは偶然だけで起こるものではなく、自分の態度や在り方によって変わっていくものでもあります。朗らかさが要因となり、様々なご縁を通じて、よき出会いが生まれるのではないでしょうか。 |
| マンネリを感じる人 | 「当たり前」になったのは、「有り難う」を言わなくなったから。 | 「ありがたい」とは、本来“有ることが難しい”という意味です。関係が長く続くと、日々の一つひとつを当たり前だと感じてしまいます。相手がいること自体がこの上なく大切で貴重であることだと気づき直すことが、お互いの関係をより愛おしく育てます。 |
| 結婚・将来に不安がある人 | うまくいくかで決めるな。それでも一緒にいたいかで決めろ。 | 仏教では、人間とは未来を考え不安になる性質があると考えます。未来を見るのではなく、いまここの自分に集中することが、活き活きとした生き方につながります。だからこそ「成功するかどうか」ではなく、「それでも共に生きたいと思うか」という今の感覚を大切にしてみてはいかがでしょうか。 |
⑤ 恋の修羅BAR
他人の恋の修羅場を肴に、お酒と仏教をたしなむ酒場です。テント内にバーカウンター風の演出を施し、修羅場エピソードのタイトルが書かれたボトルが並びます。
エピソードは修羅場がありそうな方々にヒアリングをして集めた、すべて実話です。

来場者がボトルを「注文」すると、僧侶のマスターがエピソードを読み上げ、感想を共有した後に仏教的な解説をしてくれます。

初日から盛況となり、昼間からお酒を飲みにきたおじさんたちや若い女性たちなど、老若男女が和気藹々と他人の修羅場を笑いながら、仏教的な考えを共有しました。

⑥ ラヴ阿弥陀仏
阿弥陀仏モチーフのオリジナルキャラクター「ラヴ阿弥陀仏」のフォトスポットです。
イケメンな阿弥陀様風キャラクターと、阿弥陀様の「十二光」にちなんだ12種類の恋名言が並んだ高さ2m超の巨大パネル。これが東本願寺の目の前に鎮座した姿はインパクト抜群です。


インパクトがありすぎて、イベントでブース出店もしてくださった池口龍法さんのツイートが大きく話題になりました。
えっ!?… pic.twitter.com/SGCNBXobff
— 池口龍法@浄土宗龍岸寺住職 (@senrenja) March 14, 2026
⑦ 未練削除堂
テント内に小上がりや仏具を用意し、未練が残っている元恋人の写真や動画データを「削除するかどうか」について僧侶と向き合ってみるブースです。


今回はあえて「削除しなくてもいい」という選択肢も残しました。削除することが正解だと決めず、強制しないこと自体が仏教的だと考えたためです。
そのため削除した人はもちろん、削除しなかった方にも証明書を用意してプレゼントしました。

ちなみに企画当初は「元恋人の未練データ」で想定していましたが、実際の現場では「元恋人と買ったぬいぐるみ」や「墓じまい」の相談まで、多岐に渡る未練と向き合う場所になりました。
⑧ 恋バナが生まれる出店者プロフィール
飲食やグッズの出店者に対して、初恋や好きなタイプなどの恋バナ素材を記載した専用プロフィールを用意。来場者と出店者の間で自然に恋バナが生まれるきっかけを仕込みました。

掲載実績
新聞
読売新聞(2026/03/05)
京都新聞(2026/03/07)
朝日新聞(2026/03/12)
毎日新聞(2026/03/14)
ラジオ
MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡MORE」(2026/03/06)
Webメディア
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